海外で日本語を教えています

日本語教師です。ネイティブスピーカーとしてだけでなく、色んな角度から日本語を見ていきたいと思っています。

日本語って面白い。『日本人のための日本語文法入門』の気になったところメモ

日本語学習者の作文を見ていて、「意味は分かるんだけど、何か不自然なんだよなあ」と思うことがよくある。自然な日本語を使えるようになるには、日本人特有の考え方もしっかり学ぶ必要があるんだよな、と本書を読んで改めて思った。

一応日本語教師の勉強をしたので知っていることも多かったけれど、アプローチの仕方が面白いなと思った部分も多々あった。(以下はメモです)

引用はいずれも『日本人のための日本語文法入門』(原沢伊都夫著、講談社現代新書)から。

 

◎「結婚することになりました」→自分たちで決めたことなのに、日本語ではあたかも自然にそうなったような言い方をする。

「お風呂が沸きました」や「掃除が終わりました」「ご飯ができました」など、自分でやったことでも、すべて自然のなかの出来事のように表現するのが日本語の大きな特徴なんですね。

 ・欧米の言語は人間中心だが、日本語は自然中心!

 

◎関節受け身:その出来事全体によって影響を受ける人を主役にする。

例えば… 私は母に日記を読まれた。

     (私は)隣の人に大声で話された。

このような「迷惑の受け身」は日本語独特。欧米の言語はもっと客観的で、「母が日記を読んだ」「隣の人が大声で話していた」のように表現し、主語は「出来事に影響を受ける人」にはならない。

「~てあげる」「~てもらう」「~てくれる」という感謝のニュアンスのある表現も日本語特有で、外国人にはなかなか使いこなせない。

小さな島国でほぼ同じ民族しか住んでいない日本では「和を尊重する」ことがとても重要なんですね。(中略)他人との交流は、必然的に思いやりのやりとりとしてとらえるようになったわけです。日本人の人間関係では「相手にしてあげる」「相手がしてくれる」「相手からしてもらう」という、相手をいたわり、感謝する気持ちが重要になるんですね。

エストニア出身の把瑠都関が初優勝したとき、お母さんに対して「私を生んで、ありがとう」とインタビューで語ったらしいけれど、日本人ならそこは「私を生んでくれて」になるよね、というエピソードも。どんなに日本語が流暢でも、「やりもらい動詞」の使い方は難しい。

 

◎~ている

自動詞+~ている(変化が継続していること・状態を表す)

例 窓が開いている。

他動詞+~ている(動作の進行)

例 窓を開けている。

 

~ている(状態) と ~てある の違い

(自動詞)+ ~ている:「窓が開いている」「電気がついている」

「~ている」はただ単にある変化が継続していることを表していて、人間の関与に関しては不問なのです。

(他動詞)+ ~てある:「窓が開けてある」「電気がつけてある」

人間の関与を感じさせる状況を表すのに適しているんですね。

 

 そう言われてみれば確かに、推理小説の現場の描写なんかでは「~てある」がよく使われているような気がする。

自然にそのようになっているのか、人為的にそのようになっているのか、という観点から区別しているからです。

 

「が」と「は」は英語の「the」と「a」に対応している!

私が一番「なるほどな~!」と思った箇所です。

 

One upon a time, an old man and an old woman lived in a small village. One day the old man went to the mountain to gather firewood and the old woman went to the river to wash clothes.

(Momotaro, the peach boy)

 むかしむかし、ある村におじいさんとおばあさん住んでいました。ある日、おじいさん山へ柴刈りに、おばあさん川へ洗濯に、行きました。

 

・「が」:不定冠詞anに対応。新出の情報に付く。

・「は」:定冠詞theに対応。既出の情報に付く。

「が」は単純に主語を表し、「は」はその文の中の主題を表すという説明では、なかなか生徒たちに理解してもらえないことが多い。この『桃太郎』の文を引き合いに出せば生徒たちの理解が深まるかもしれない。こういったアプローチ法は初めて見たので、とても参考になった。