海外で日本語を教えています

日本語教師です。ネイティブスピーカーとしてだけでなく、色んな角度から日本語を見ていきたいと思っています。

肉体は精神に等しい?

以前、日本語の生徒に「愛」という日本語のタトゥーをしている人がいた。彼以外にも、首の後ろに「辰」という文字を彫った知人も知っている。

彼らはべつに「その筋の人」ではなく、ごく普通の気のいいお兄さんたちだ。私には、気軽にタトゥーを入れる彼らの気持ちは分かりかねるけれど。だって、自分では読めない文字を自分の体に刻むのって恐ろしくないでしょうか。もしかしたらそれが間違っているかもしれないし、恥ずかしい意味があるかもしれない。

まるでアクセサリーをつけるように、彼らはなんの躊躇もなくタトゥーを入れる。男性だけじゃなく、女性も。鼻や口にピアスをする人も少なくない。

日本ではピアスやタトゥーをしたいと言った時、「親にもらった体を傷つける気か!」と怒られる風潮があるように思う(少し古いかもしれないけれど)。体に手を入れることは、日本ではそれくらい重大な意味を持っているのではないだろうか。

どうして日本だと肉体改造が忌み嫌われるのかというと、それは「体=心」という考え方が根強くあるからなのではないでしょうか。体を傷つけることは、すなわち心を傷つけることに等しいという訳。だから、外道であることを覚悟したアウトサイダーの印でもあった。

方や欧米ではそういう意識が希薄だと思う。大げさに言うと、体と心はそれぞれ独立した存在とみなされているのではないでしょうか。

日本で整形が嫌われるのは、「容姿を変える=心を偽ること」だとみなされるからだと思う。整形がガンガン行われているというお隣の韓国は、むしろ欧米に近い身体感覚なのかもしれない。

私は日本生まれ日本育ちなので、タトゥーもピアスも整形もしたいと思ったことが一度もない。やっぱり、(やや古臭い)日本人の身体感覚なのだ。(別に完璧な容姿じゃないけれど、不完全だからこそ人間なんだと思うし。)

タトゥーを入れているフランスの若者の気持ちはまったくわからないけれど、きっとそういうことなんだろうと頭で理解しようとしています。