海外で日本語を教えています

日本語教師です。ネイティブスピーカーとしてだけでなく、色んな角度から日本語を見ていきたいと思っています。

海外で初めて面接官をやってみた感想 

先日、日本語教師のポストを希望する人の面接を行った。まあ、面接は全部一人で受け持ったわけではなく、私は主にその人の日本語能力を審査する係だったのだけど(志願者は日本語の非ネイティブスピーカーだったので)。

数年前には面接される立場だったのに、今は逆の立場になったんだなあ、とちょっとしみじみ。

初めて人を審査する側に回ってみて、見えてきたこともたくさんあった。

以下、気になったこと・私が見ていたポイントなどを書いていきます。面接を控えている人は、もしかしたら参考になるかもしれません。

 

【書類編】

・書類の見直しは大切!

ある人はうちの住所を間違えていた(こっちの履歴書には応募先の住所も書く)。志望者が少なかったからそれだけで足切りはしなかったけど、注意力がないのかな?と思ってしまった。

→意外とミスしていることもあるので、しつこいくらい見直しをしましょう。

 

・CVには具体的な情報も載せよう。

日本の履歴書の場合は今まで在籍していた学校名・会社名は必須だけど、こっちでは特に学校名・会社名を書いてない人もいる。でも、募集しているポストに関係のある学歴や職歴の場合、具体的な情報があった方が判断材料が増えるので、書いてくれる方がずっとありがたい)

→ 情報の少ないスカスカのCVはNGです。

 

・求められた書類は全部提出しよう。

まあ、当たり前ですが・・・。できていない人もいたので。

 

【面接編】

・堂々と答えよう

声が小さい、おどおどしているなど自信のなさが表れてしまっているのは印象が良くない。自信を持って発言できる内容をある程度考えておくといいかも。

 

・やる気アピールは大切!

採用基準に達していない場合でも、めちゃくちゃやる気があるような印象を受けると、こちらも心が揺れ動く。とにかくこの仕事が好き!どうしてもこれをやりたい!と、モチベーションの高さを見せるのはとても大切。

 

・言われたことには素直に従おう

今回は10分だけ模擬授業を行ってもらうことにしたのだけど、「日本人の前でやるのはちょっと・・・」と言われてしまった。・・・っておい(笑)ネイティブスピーカーの前でその人の母語の授業をするのは嫌かもしれないけど、日本の日本語学校では普通に日本人同士でやってることだし。「採用されたいなら素直に模擬授業やってほしいなあ」と思った('◇')ゞ

 

・質問をしよう

人は他人の反応を欲しがるもの。自分の説明したことに対して色々質問してくれると、「ちゃんと話を聞いてくれたんだな」と安心する。少しでも疑問に思ったことは積極的に聞こう。でも、何か質問しようと考えるあまり、話をいい加減に聞かないようにすべき。さっき説明したことなのにもう一度質問されると、「話聞いてた?」となる。一番大切なのは、ちゃんと話を聞くこと。

 

以上です。

面接をされる方も大変だけど、する方も色々考えなきゃいけなくて大変だなと思った。でも、個人的には面接、結構好きかもしれない。

 

 

 

 

生徒さんに言われて、とても嬉しかったこと。

生徒さんに「あなたはとても良い先生です」と言ってもらえて、素直にとても嬉しかった。普段は生徒を評価する側で、私自身は良くも悪くも評価されないから、反応があるとありがたい。特に良い反応なら尚更。

マジで嬉しすぎて、ニヤニヤが止まらなかった(*'ω'*) ここ最近で一番テンション上がったかもしれない。

「内容も面白いし、日本に旅行した時習った表現が役に立った」とのこと。

彼女は通訳になるのが夢で日本語以外にも高校で色々な言語を習っているらしいけれど、ある言語のネイティブの先生が酷いと言っていた。

頭が固いくそ真面目な先生で授業はつまらないし、その国へ行った時に習ったことがほとんど活かせなかったとのこと。最初はたくさんいた受講者も、どんどん減ってしまったらしい。彼女も続けるのを断念したと言っていた。

それって、めちゃくちゃ残念なことだ。教師の役目は生徒のやる気を引き出し伸ばしてあげることなのに、肝心の教師が生徒のやる気を削いでしまうなんて。それに、その国への印象まで悪くなってしまう。

この人を反面教師にして、そうならないようにしなきゃ。私自身も学生時代、堅苦しい授業が嫌いだったから時には余談や遊び的な要素も取り入れて、フレキシブルにやっていたのが功を奏したみたい。私はこの仕事が好きだから、楽しみながらやっていたのが生徒さんにも伝わったようだ。

日本語を好きになってもらって、新日家が増えてくれればいいなと思う。やっぱり、私の「地元」を好きになってくれる人が増えたら嬉しいし。

「教え子が通訳として日仏の架け橋として活躍する日も、そう遠くはないかもしれない」と思うと、いっそう仕事にやりがいを感じる。

雨上がりで洗われた清らかなパリの空気を味わいながら、軽い足取りで石畳を歩いた。

フランスでの歴史の授業に驚く。

夫や日本語の生徒さんたちに聞いて驚いたのだが、フランスでは学校でヨーロッパ以外の歴史は勉強しないらしい(それと、せいぜいアメリカ史どまり)。

日本では義務教育課程の中学でさらっと世界史やるし、高校ではもっと突っ込んで勉強したので、この話を聞いて驚いた。

だから、日本の歴史というと20世紀の2度の戦争(とりわけ第二次)くらいでしか扱わないらしい。連合国のフランスからしてみたら、日独伊は完全にヒールやん!

天皇家の歴史が超絶長いことや、千年前に女性が名作を書いていたこと、日本でクリスチャンが弾圧されていたこと、天下を分けた関ヶ原の戦い、江戸時代の識字率の高さなんかを普通は知らないのだ(インテリ階級は知ってる人もいるけど)。

こちとら、ジャンヌダルクとかカトリーヌ・ド・メディシスとかルイ・フィリップとかナポレオンとか、フランスの歴史上の人物について習ったのに。

日本どころかアジア・中東・アフリカ・南アメリカの歴史も学ばないらしい。まあ、ヨーロッパ人はその辺で結構えぐいことしてるから、後ろめたい気持ちもあるのかもしれないけど・・・。友情!努力!勝利!みたいな、少年ジャンプのマンガのような輝かしい歴史しか学ばないのかもしれない。

私が夫に「歴史はいつも、勝った側のことしか語られないよね」とこぼしたら、はっとしていた。彼は今まで、そんな視点で歴史について考えたことがなかったらしい。

これからの時代、学校でヨーロッパ史しか教えないのは何か違うよなあと思う。特にフランスには色々なバックグラウンドを持っている移民が多いので、その人たちを理解するためにも世界の歴史を学んだ方がいいんじゃないかな、と思う。

まあ、単に私が歴史好きだから、いろんな国や地域の歴史に触れる面白さを味わってほしいというのもあるけど。

 

春を待つ桜のように学ぼう。

先日、生徒さんの親御さんと話す機会があった。彼女たちは、家族で夏休みに日本へ行ったとのこと。でも、思ったほど娘さんが日本語できなくてガッカリしたと言われてしまった(;'∀')

週に1回のレッスンを一年間続けただけじゃ、流暢には話せないのが普通なんだよ~

フランス語に似ているイタリア語やスペイン語ならわかるけど、日本語は全然違う言語なんだよ~

挨拶とか「コーヒー二つお願いします」とか、せいぜい簡単なやりとりができるようになるくらいだよ~

と、つい心の中でぼやいてしまう。

(とはいえ、同じ境遇の生徒でも、もっとできるようになる人もいなくはないけど…)

その生徒さんはあまり語学が得意なタイプではないようで、一年目にしてようやく平仮名と片仮名の読み書きができるようになった(ちなみに、中には何年続けていても平仮名・片仮名のできない人もいる)。でも、彼女はとにかく語学は好きみたいだから、今後伸びていくと思う。「好き」っていう気持ちはとても大切だ。

語学に限らず何でもそうだけど、やればやるだけ、右肩上がりで身に付くわけではない。伸びたり落ちたりしながら、紆余曲折を経て身に付くものらしい。だから、たまたま落ちている時期に「やってもやっても伸びない!」と絶望してやめてしまう人もいるようだ。

それで、何が言いたいかというと「焦らずゆっくり見守ってください」ということだ。春に咲かせる花を準備している冬の桜のように、じっと辛抱強く続けていればいつか花を咲かせて実を結ぶから。

すぐに効果を上げることができなくて申し訳ないけれど、そういうものだというのを理解してほしいな~と思ったのでした。

会話の授業のネタ

そろそろ9月なので、会話の授業どうしようと今あれこれ考えています。

今のところ、使えそうだなと思ったネタを書いておきます。

 

・写真を見て会話する(何が写っているか、人物はどんな気持ちか、日本文化の紹介など)

・生徒に話の続きを考えさせる(物語、四コマのオチなど)

・カタカナディクテーション(外国人にはカタカナ表記は結構難しいので)

・歌を聴いてディクテーションさせたり、歌詞を正しい順に並べさせたりする

・教師がテキストを読んで、生徒に内容を要約させたり、質問に答えさせたりする

(NHKの「News web easy」は使える)

NEWS WEB EASY

 

・生徒にプレゼンさせる(自分の好きなものや自国の文化について等)

・マインドマップを書かせる(語彙力の確認になる)

マインドマップの活用 初級漢字・語彙・会話|フリーランス日本語教師naonao♥山あり谷あり奮闘記

・ある言葉の意味を説明してもらい、他の生徒に何の言葉について説明しているのか当ててもらう(中級以上)

日本語授業のネタ帳①|♪韓国で日本語教師してみましょ♪

 ・↓ このサイトは役立ちそう。

【☆虹色☆日本語教室】スパイス効いたゲーム・教材・活動集 初級活動集・一覧

 

国際交流基金 - 日本語教育通信 授業のヒント バックナンバー

 

年齢じゃなく、自分のキャラに合ったポジションで。

フランス人の夫は一人っ子なのだが皆のお兄さん的な感じで、よく友達に相談されるタイプだ。今日彼の電話に聞き耳を立てていたら、どうやら10歳年上の友人Jの相談を受けているようだった。Jは仕事がうまくいっていないようで、夫は必死に彼を励ましていた。

日本だと、10歳年下の人に相談するというシチュエーションはあまりないんじゃないだろうか。年齢関係なく親しくなればタメ口になるフランスならではだなと思った。(たぶん英語圏もそうかな)私はこの点は割と気に入っている。

日本だと、年上の場合どうしてもそれらしい振る舞いが期待される。学校や会社では先輩と呼ばれるし。

大学の頃、部活にめちゃくちゃデキる後輩がいた。私なんてヘマしてばっかのダメ先輩だったので後輩に良いところなんて見せていなかったと思うのに、部活引退の時の寄せ書きに「先輩みたいな人に憧れています」みたいなことを書いていて嘘つけと思ったことがある。年齢を考慮しない世界だったら彼女の方が絶対に「先輩格」だし、夫の友人のように困ったことがあったら私も彼女に泣きついていたはずだ。

先輩なのに「先輩キャラ」じゃない人は、後輩に変に気を遣わせてしまうことがあって、結構面倒くさい。ダメ先輩の尻ぬぐいとか勘弁やで。

年齢に関わらず、自分のキャラに合ったポジションで人間関係を構築していけるのは、私には気楽でありがたい。

日本語って面白い。『日本人のための日本語文法入門』の気になったところメモ

日本語学習者の作文を見ていて、「意味は分かるんだけど、何か不自然なんだよなあ」と思うことがよくある。自然な日本語を使えるようになるには、日本人特有の考え方もしっかり学ぶ必要があるんだよな、と本書を読んで改めて思った。

一応日本語教師の勉強をしたので知っていることも多かったけれど、アプローチの仕方が面白いなと思った部分も多々あった。(以下はメモです)

引用はいずれも『日本人のための日本語文法入門』(原沢伊都夫著、講談社現代新書)から。

 

◎「結婚することになりました」→自分たちで決めたことなのに、日本語ではあたかも自然にそうなったような言い方をする。

「お風呂が沸きました」や「掃除が終わりました」「ご飯ができました」など、自分でやったことでも、すべて自然のなかの出来事のように表現するのが日本語の大きな特徴なんですね。

 ・欧米の言語は人間中心だが、日本語は自然中心!

 

◎関節受け身:その出来事全体によって影響を受ける人を主役にする。

例えば… 私は母に日記を読まれた。

     (私は)隣の人に大声で話された。

このような「迷惑の受け身」は日本語独特。欧米の言語はもっと客観的で、「母が日記を読んだ」「隣の人が大声で話していた」のように表現し、主語は「出来事に影響を受ける人」にはならない。

「~てあげる」「~てもらう」「~てくれる」という感謝のニュアンスのある表現も日本語特有で、外国人にはなかなか使いこなせない。

小さな島国でほぼ同じ民族しか住んでいない日本では「和を尊重する」ことがとても重要なんですね。(中略)他人との交流は、必然的に思いやりのやりとりとしてとらえるようになったわけです。日本人の人間関係では「相手にしてあげる」「相手がしてくれる」「相手からしてもらう」という、相手をいたわり、感謝する気持ちが重要になるんですね。

エストニア出身の把瑠都関が初優勝したとき、お母さんに対して「私を生んで、ありがとう」とインタビューで語ったらしいけれど、日本人ならそこは「私を生んでくれて」になるよね、というエピソードも。どんなに日本語が流暢でも、「やりもらい動詞」の使い方は難しい。

 

◎~ている

自動詞+~ている(変化が継続していること・状態を表す)

例 窓が開いている。

他動詞+~ている(動作の進行)

例 窓を開けている。

 

~ている(状態) と ~てある の違い

(自動詞)+ ~ている:「窓が開いている」「電気がついている」

「~ている」はただ単にある変化が継続していることを表していて、人間の関与に関しては不問なのです。

(他動詞)+ ~てある:「窓が開けてある」「電気がつけてある」

人間の関与を感じさせる状況を表すのに適しているんですね。

 

 そう言われてみれば確かに、推理小説の現場の描写なんかでは「~てある」がよく使われているような気がする。

自然にそのようになっているのか、人為的にそのようになっているのか、という観点から区別しているからです。

 

「が」と「は」は英語の「the」と「a」に対応している!

私が一番「なるほどな~!」と思った箇所です。

 

One upon a time, an old man and an old woman lived in a small village. One day the old man went to the mountain to gather firewood and the old woman went to the river to wash clothes.

(Momotaro, the peach boy)

 むかしむかし、ある村におじいさんとおばあさん住んでいました。ある日、おじいさん山へ柴刈りに、おばあさん川へ洗濯に、行きました。

 

・「が」:不定冠詞anに対応。新出の情報に付く。

・「は」:定冠詞theに対応。既出の情報に付く。

「が」は単純に主語を表し、「は」はその文の中の主題を表すという説明では、なかなか生徒たちに理解してもらえないことが多い。この『桃太郎』の文を引き合いに出せば生徒たちの理解が深まるかもしれない。こういったアプローチ法は初めて見たので、とても参考になった。